八ツ面山は古代より良質な雲母が採れ、朝廷に献上されていたので吉良荘と呼ばれ、足利義氏が三河守護職として赴任して吉良氏が誕生したと言われている。図案は八ツ面山と矢作古川と足利義氏を描いた。図案作成者名斎藤 吾朗(画家)